はじめに
そえだ腎・泌尿器科クリニック院長の副田です。
前立腺がんの手術を受ける患者さんから、非常によくいただく質問があります。
「手術後に尿もれが起こると聞いたのですが本当ですか?」
「もし起こったら、ずっと続くのでしょうか?」
結論からお伝えすると、
👉 術後の尿失禁(尿もれ)は比較的高頻度に起こる症状です。
👉 しかし同時に、多くの場合は時間とともに改善します。
この2つはセットで理解することがとても重要です。
本記事では
「なぜ起こるのか?」を中心に、
解剖・機能・手術の影響を整理して解説します。
前立腺手術とは何をしているのか
前立腺がんに対する標準治療の一つが
前立腺全摘除術(Radical Prostatectomy)
です。
現在は多くの施設で
ロボット支援手術(RARP)
が主流となっています。
手術で行われること
この手術では以下を切除します:
- 前立腺
- 前立腺部尿道
- 精嚢
そして
膀胱と尿道を再びつなぎ直す膀胱尿道吻合という操作を行います。
ここが重要
👉この手術は単に「臓器を取る」だけではなく
尿をコントロールする構造そのものを再構築する手術です。
そのため、術後に尿もれが起こるのは
ある意味で“構造的に説明できる現象”です。
尿を我慢する仕組み(尿禁制)
尿が漏れないためには、複数の要素が同時に働いています。
① 外尿道括約筋(最も重要)
- 横紋筋(自分の意思で締められる)
- 尿道を閉じる主役
👉いわば「蛇口のバルブ」
② 内尿道括約筋
- 平滑筋(無意識)
- 常に一定の閉鎖圧を維持
③ 骨盤底筋群
- 尿道を下から支える
- ハンモックのような構造
👉腹圧がかかったときに重要
④ 機能的尿道長
- 尿道は長いほど有利
- 短くなると漏れやすい
⑤ 神経支配
- 括約筋・骨盤底筋の制御
- 手術で影響を受けることがある
👉これらが“チーム”として働くことで
尿はしっかり止まっています。
手術によって何が変わるのか
前立腺全摘除術では、このバランスが崩れます。
重要な変化は3つです。
① 尿道が短くなる
前立腺部尿道が切除されることで
👉 機能的尿道長が短縮
これは術後尿失禁において
最も重要な因子の一つとされています。
(Paparel P et al. Eur Urol 2009)
② 括約筋の機能低下
外尿道括約筋自体は温存されますが
- 手術操作によるダメージ
- 血流低下(虚血)
- 神経障害
により
👉 一時的に締める力が弱くなる
③ 支持構造の変化
前立腺は
- 尿道の支え
- 解剖学的な固定装置
としての役割も担っています。
摘出により
- 靭帯構造
- 筋膜
が変化し
👉 尿道の安定性が低下
見落とされがちなポイント:神経の影響
前立腺周囲には
- 勃起神経
- 尿禁制に関わる神経
が走行しています。
神経温存の影響
神経温存がうまくいくと
👉 尿禁制の回復も早い傾向
逆に
👉神経ダメージがあると
回復に時間がかかる
実際に起こる尿失禁のタイプ
最も多いのは
腹圧性尿失禁(Stress Urinary Incontinence)
具体的な症状
- 咳をしたとき
- くしゃみ
- 立ち上がり
- 歩行
- 重いものを持つ
👉この瞬間に尿が漏れる
なぜ起こる?
腹圧がかかると
本来は
👉括約筋+骨盤底筋で耐える
しかし術後は
👉支えきれずに漏れる
発生頻度(エビデンス)
報告により差はありますが:
- 術後早期:30〜60%
- 術後1年:5〜20%
(参考文献)
- European Association of Urology Guidelines 2024
- Ficarra V et al. Eur Urol. 2012
- Novara G et al. Eur Urol. 2012
👉ロボット手術(RARP)により改善傾向はあるものの
完全にゼロにはならないのが現実です
回復はなぜ可能か
術後の尿失禁は
時間とともに改善することが多いです。
その理由は以下です。
括約筋の機能回復
→ 筋力・協調性の改善
骨盤底筋の代償
→ 他の筋肉が補う
神経回復
→ 神経再生・適応
組織の再構築
→ 周囲組織の安定化
👉つまり
身体が“新しい構造に適応していく過程”
回復までの目安
- 〜3か月:まだ不安定
- 3〜6か月:改善が実感できる
- 6〜12か月:かなり安定
👉ここで焦らないことが重要です。
臨床的に大切なメッセージ
尿もれがあると、多くの患者さんは
「手術が失敗したのでは?」
と不安になります。
しかし実際には
👉術後尿失禁は“予測される現象”です。
そして
👉改善する力を持っている状態でもあります。
まとめ
前立腺手術後の尿もれは
✔ 尿道短縮
✔ 括約筋機能低下
✔ 支持構造の変化
✔ 神経の影響
による多因子性の機能障害です。
👉しかし
時間とともに改善する可能性が高い状態でもあります。
次回予告
第2話では
👉 「尿もれはどう治すのか?」
- 骨盤底筋訓練
- 薬物療法
- 手術療法
を、ガイドラインベースで詳しく解説します。
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